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【2】ポリクリ
世界は第二の性を忘れた。
オメガも
ベータも
アルファも
みんな平等に
みんな普通に。
産まれながらにして優劣があってはいけないと新薬の開発が進み、国主導で老若男女問わず全国一斉に行われた遺伝子操作。
当初、国民には死をもたらす重篤な伝染病のワクチン接種だと知らされた。
先人が抗う事なく受け入れてきた遺伝を、無理やり捩じ曲げるような試み。
国を挙げての人体実験。
第一世代から産まれた子供は、粒を揃えたように全てがベータになり、知能も運動能力も皆、同じ程度。ずば抜ける者もいなければ、落ちこぼれる者もいない。そんな結果を受け、男女関係なく産まれてすぐこのワクチン接種は義務化され、新薬がさらに改良された第二世代は、最良の結果をもたらした。
人類が背負った業に、勝ったとも言われた研究。
神に勝ったとも揶揄された。
そして、
世界は全てが平らになった。
……と、思われていた。
「国民主権だの、男女同権だのと皆、平等を謳っていたんだ。これで満足だろう」
「しかし」
「ーーならば特区を作ったらいい」
「特区、ですか」
「特別にワクチン接種を免除する地区を作る、これでどうかな」
「そんな事、国民が納得するはずありません」
「政治に国民がいたことがあったか」
「民主主義であれば、国民の理解を求めるのは当然のことかと」
「君は、まだこのワクチン接種に反対なのか。民意などどうでもいい、理解も求める必要はない。敗戦国である我々は、受け入れなくてはならないんだ。第二の性の研究を続ける君への私のせめてもの譲歩案だ。私と君の故郷である鬼治を特区とする。君は第二の性の研究を続けられる。但し、これは極秘事項だ。すぐに密書を鬼治へ届けてくれ」
「ですが、総理」
テーブルを手のひらで打つ激しい音が公邸の一室に響く。カランと煙草の吸殻が山のようにあった灰皿が床へ落ち、灰が宙を舞った。
密書を手にした彼は肩を落とし、秘書の背中を見ながら玄関へ向う。
「どうぞよろしく、との事です」
あばら家も多く立ち並び、小学校教員の初任給が二千円と言われた時代。玄関に揃えられた彼の靴には、当時、最高額紙幣だった千円札が目一杯ねじ込まれていた。
「……これは、何の真似です」
「総理からです。我々の鬼治をどうぞよろしく、との事です」
深く頭を下げた秘書が、微笑んだ。
その晩、ワクチン接種について一貫して異議を唱えていた研究者の一人が姿を消した。
『鬼の仕業だろう』
故郷、鬼治の伝承になぞらえ、公邸から笑い声が聞こえたのは随分と昔の、今となっては誰も知る事のない話だ。
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