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 気を遣ってくれているのに、黙っているわけにもいかない。気分はのらないけど、道のりはまだまだ長そうだし会話を続けることにした。 「そう……僕の実家は秩父だよ。埼玉の一番端。克己さんの村は?」 「尾ノ内だよ。本当の山奥さ」 「あ、同じ……小鹿野町(おがのまち)でしょ? 不思議だね。同郷なのに遠く離れた都会で出会うなんて」 「そうだね」  克己さんが前を向いたまま僕の手を握った。 「今から行く場所を、真が覚えているといいけど」  独り言のように小さな声で話す克己さんへ目を向けた。その横顔は端正で、月明かりに照らされてとても綺麗だった。遠くを見つめる眼差しは、なにかを思い出しているみたい。  埼玉の標識が見え、車はさらに進み、どんどん山の方へ入っていく。もう民家どころか、街灯すら見当たない。吸い込むように伸びる真っ暗な道路。ハイビームで照らされた古いアスファルトは穴ぼこだらけ、うねるように曲がるガードレールも錆びだらけで茶色く変色している。  車はさらに山奥へ入っていく。くねくねした細い道はいっそうその幅を狭めた。車一台がギリギリ通れるだけ。対向車がきたら絶対すれ違う幅なんてない。もし前から車が来たら、いったいどこまでバックするんだ? と対向車が来ないことを心配せずにはいられない。もうとっくにガードレールも途切れてしまっている。  同郷の僕でも来たこともないところ。覚えているもなにも、初めて訪れた地域だ。覚えているわけもない。  不思議なことを言う克己さんをチラリと見た。 「ここだ」  ツタと草に覆われたボロボロの掘っ立て小屋らしきもの前で車は停まった。 もちろんその小屋も完全に朽ちている。大昔は人が住んでいたのかもしれない。車を降りる克己さんを見てシートベルトを外し、外へ出た。 「流石にいないか……」  克己さんは小屋だったものを見て、僕を振り返り手を伸ばした。 「足元が悪いから」 「うん」
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