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朝、目が覚めると、部屋の中は真っ暗だった。まだ夜中なんじゃないか? と時計を見たら七時前。僕はちゃんと温もりの中にいた。手も握ったまま。嬉しくて顔が綻ぶ。でも、克己さんはきっとお腹がペコペコだろう。隣でぐっすりと眠る克己さんを見上げ、握ってた手を離しそっと、その唇に指先で触れた。
昨日は強引に克己さんを引き留めた。行けなくなるようワザと仕向けて。
でも、こんなことずっと続けられない。
指を引っ込め、克己さんが起きてしまはないようにベッドから抜け出した。
昨夜、克己さんが外へ出ていこうとした窓は、隠し扉のような作りをしていた。部屋の壁と同じ色で、パッと見そこから外へ出られるとは気付かない。僕も知らなかった。もちろん明り取りもない。
克己さんの部屋の唯一の窓は縦に細長く、遮光カーテンですっかり隠れていた。そのカーテンのほんのわずかな隙間から漏れる朝の気配。それが無かったら一筋の光もない、地底の洞窟みたいだ。
ヒンヤリと冷たい床を二、三歩みベッドを振り返った。
今日は我慢しないと。
朝食を適当に済ませ大学へ行ったけど、罪悪感と後悔で授業どころじゃなかった。でも本音はそれだけじゃなかった。
我儘で引き留めたことを後悔しているくせに、雅也さんとのことはやっぱり我慢できない。どうすれば食事だけで済むかを考えた。
僕も一緒に行けば?
でも、克己さんが人を殺めるところを見て僕は黙っていられるのだろうか。というより、克己さんがきっと見せたくないだろうし。じゃあ、僕ができることは?
ずっと堂々巡りの思考の中、友達とランチなんて気分になれなくて僕は構内にある中庭のベンチで一人サンドイッチと牛乳で済ませることにした。
パックの牛乳をジュッと吸い、なんとなく上げた視線に飛び込んできたのはイチャイチャしているカップルだった。真昼間の大学構内。しかも外で、女の子が男の頬にキスしていた。二人でクスクス笑うと、今度は男が顔を傾け女の子の首にキスする。
その時、ハッと閃いた。もし雅也さんと克己さんがそういう雰囲気になったとして、克己さんの首にキスマークがついていたら? そうだよ。そういう気分にさせなければいい。
僕は残りの牛乳を勢いよく吸い上げ、足取り軽やかに教室へ戻った。
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