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「オラ、立てよ! まだ終わっちゃいねぇぞ。寝てんじゃねぇ! 起きろ」
視界が狭い……。全身が重い。あっちこっちがずっとズキズキと痛い。
いつ終わるんだろう。いつ飽きるんだろう。
これじゃあ、回復が追いつかない。キリがない。もう僕の方がヘトヘトだよ。
父さん……。
意識が闇に吸い込まれそうになった時だった。目の覚めるような鮮やかな赤い液体が空中を横切った。
今の……なに?
そしてまた、赤いしぶきが上がる。その間を舞う黒い影。
音の抜けた情けない悲鳴と同時に、僕はゆっくり傾いていきドサッと地面に落ちた。
大きな黒い影はあっと言う間に三人の男を仕留めてしまった。黒い影は三人の男を一人ずつ掴み上げては首筋に顔を埋め、あっけなく三人を積み上げていく。男たちは人形のようにピクリとも動かない。
そして、それは一瞬にして青い炎で包まれ、音もなく黒い砂山と化した。
黒い影が僕の方に来る。僕もヤられる? そう思った。
でも違った。
黒い影は僕の頬を優しく撫で、髪を撫でた。大きな手。長い指。漆黒の髪色をした男の人。切れ長の目が僕を見つめる。その眼差しはすごく優しくて、慈悲深くすら思えた。
黒い天使だ……。
目の前で起こった惨劇は理解できているはずなのに、恐怖も怒りも感じなかった。
それどころか僕はその光景と、彼の美しさに魅入ってしまっていた。
黒い天使さんが去り、ほどなく女の人の悲鳴が聞こえた。女の人は腰を抜かしながら去っていく。
赤い雫が視界を塞いでいき、女の人のうしろ姿は見えなくなった。
ああ、早く回復しないと……。
僕は瞼を閉じ、体から力を抜いて静かに深く呼吸した。集中すれば自分の鼓動だけが聞こえる。痛みは徐々に弱まっていく。すごく遠くの方でサイレンの音。きっとさっきの女の人が呼んだんだ。
もう、行かないと――
まだ軋む体を持ち上げ四つん這いになりながら立ち上がり、僕はその場を去った。
歩いては休憩しながら路地裏を辿り、アパートへ帰った。ベッドに体を沈めると一気に力が抜けていく。僕はそのままスコンと眠りについてしまった。
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