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「ランラ、ランラ、ラーンラ、ランランラン……」  小さく揺れるバスの中。イチゴ組のいつこ先生とみんなの楽しそうな歌声がする。  僕はバスのかべにうつった小さな手のかげをジッと見ていた。クルクルと動くかげ。バスはときどきとまってまたうごきだす。でも、クルクルは止まらない。お歌が終わると、また新しいお歌が始まる。先生は手あそびのお歌がだいすきだから、ずっとおわらないんだ。  ぼくはひとりぼっちで、クルクルうごくかげを見つづけた。 「ではみなさん、また明日。さようなら」 「さようなら!」  バスをおりて、かえりのあいさつをする先生。そのあとにみんなの元気な声。でもぼくはいつもみたいにあいさつができなかった。ずっとくつの先っぽだけを見ていた。 「真くん?」  おむかえにきたアルバイトのヤマさんの声。ぼくははじけるように走った。 「あ! 真くん!」  ヤマさんは見習いでこのまえまでコウコウセイだったけど、ぼくの走るスピードにはついてこられない。  ぼくは鳥居をくぐって、おうちじゃなくてまっすぐ本堂をめざした。本堂は礼拝堂のうら、境内のいちばんおく。ぼくは本堂のゆかのしたにもぐりこんでかくれた。  ここならだれも入ってこれない。  ぼくはまっくらでヒンヤリした中で、ひざをかかえこんだ。ぼくはひとりでいなくちゃいけない。そういわれたから。 「たかちゃんあそぼ」 「マコはダメ」 「どうして? ぼくもボールしたい」 「じゃあ、マコはあっちでやれよ」 「いっしょがイイよ」 「ムリ! だってマコ、へんだもん」 「へん?」 「そうだそうだ、マコはエタイがしれないんだぞー」 「ヨシオー、エタイってなんだ?」 「なんかわかんないけど、かあちゃんがいってた。テルも、こっちでボールしよ」  テルくんがぼくを見てヨシオくんのほうにいった。ヨシオくんがフフンと笑う。 「へんだってことだよ。見ろよマコの足。もうケガないもん。オレのひざ、まだきずバンとったら真っ赤なんだぞ。きのうはマコもおなじだったのに、へんだからもうないんだ」 「ママもいないもんな」 「へんだからだよ」 「ちかづいたらダメなんだぞ」 「ついてくるなよ」  みんながいっぱいわからない言葉をぼくになげつけた。  おもいだしたらすごく悲しくなって、頭がおもくてグラングランとした。 「まことー!」  (トト)さんの声がとおくできこえる。でもぼくはもっとギュッとひざをだっこして小さくなった。本当はすぐに出て父さんに抱きつきたかったけど、ダメだもん。 ひとりでいなくちゃいけない。 へんじをしないのに父さんの声は止まらない。あっちこっちからぼくをよびつづけた。だんだんちかづく声とあるく音。におい。  そして、父さんの声がやさしくなった。 「真、真……大丈夫怖がらなくていい。さぁ、出ておいで」 「……トトさ」  くらいトンネルのむこうには明るい光につつまれた父さん。まっくらから光へつづく父さんの大きな手。 「ほら、おいで」  いつもみたいによんでくれる。  あたたかく大きな手のひらにそっと手をのせたら、しっかりとつつんでくれる。父さんはゆっくりとぼくをゆかしたのまっくらからつれて出してくれた。 地べたにねっころがったせいで、父さんのキレイな水色のはかまは土だらけだ。それでも父さんはぼくを包んだ。  からだがふわっとうく。  明るいせかいで父さんはぼくをだっこして、ぼくは父さんよりもちょっとだけのっぽになった。  父さんはかたほうの手でぼくをだっこしなおして、ぼくのはなの頭をゆびでチョンとつついた。 「なにがあったんだ?」  おもいだしたら、はなのつけねがクッといたくなる。ふうせんがふらむみたい。それは目まで上がってきていっきにでようとする。ぼくは口をグッと一文字にむんだ。 「話してごらん?」 「……みんなが……へんだって。へんだからあそばないって。マコはエタイしれないんだって。だからちかづいてもダメなんだぞって。きちゃダメだって」 「みんなって誰が言った?」 「イチゴ組さんのおともだち」 「真はちっとも変じゃないぞ」  ぼくはブンブンと顔をよこにふった。 「たかちゃんのおヒザはね。まだ真っ赤できずバンしてるのに、ぼくのはもうなくなってるって。ケガしたのきのうなのにへんって。へんだからぼくだけママがいないんだって」  父さんはぼくを本堂のゆかへのせて、ふたつのおててをにぎる。 「真の怪我が直ぐに治ってしまうのは、きっと真神(まかみ)様のご加護だよ」  そういってぼくの首から下げているお守りを持ち上げ見せた。 「真はいつも真神様が守っていて下さる。お母さんは子供をずっと見守るだろう? だから真神様が真のお母さんだ。いつも見ててくれるよ?」 「うん」 「真には(トト)さんも真神様もついているからな」 「うん」  父さんは手を広げるとぼくをギュウッてだっこしてくれた。  頭をなでる大きな手。ぼくは父さんの首にギュッとしがみついた。
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