鬼の子

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 女房が慌ただしく駆け回っていた。  初夏になり、露に濡れた菖蒲が凛と咲いている庭に、一人玻璃王は佇んでいた。  澄んだ青空には白く雲が棚引き、熱と冷を目まぐるしく変えていく。  ふと、歌声のように風が響き、玻璃王の白い髪を撫でる様に揺らした。  空を見上げていた玻璃王はちらりと屋敷の中を覗く。そこでは女房が桶に入った湯を運び右往左往している。  ふと、屋敷の中から、一羽の赤い小鳥が羽ばたき、出ていく。  玻璃王は足早になって屋敷の中へ入った。  産声が上がったのは、ほぼ同時だった。 「おめでとうございます」  すれ違う女房達が次々に頭を下げ、道を作る中、玻璃王は奥へと、衣音の使う間へと急いだ。 「衣音」  御簾を開け、玻璃王が中を覗くと、疲れ切った顔で衣音は横になっていた。その足元から、末上が産着に包まれた赤ん坊を衣音の顔へと近づけた。 「おめでとう、男の子だよ」  顔を真赤にして泣く赤ん坊は、衣音の指を掴み、小さな金の瞳を輝かせ、衣音を見た。  その額には、小さな、小指の爪ほどの角が生えている。 「髪は、玻璃王に似たんだね」  頷く衣音のそばに、玻璃王は膝を着く。  白い産毛の赤ん坊は、衣音の手を強く握り、赤い口を大きく開いて泣いた。 「名は?衣音、決めてあるの?」  末上の問に、衣音はじっと赤ん坊の顔を見た。そして、頷く。 「波に、雲。…波雲」 「はぐも?」  末上は、目を輝かせ、赤ん坊を見た。 「この子は、変わっていく時を、波を、あの雲のように姿を変えて生きていく。…波雲」  静かに、赤ん坊は泣くのを止め、金の目を輝かせて、衣音を見つめた。  そして目を瞑り、衣音は、吹き抜けていく風を感じた。    その、鬼たちの喜びを唄う風の音を、静かに漂う鬼の気配を、そっと瞼の裏に隠して。 『闇に堕ち月に啼く』終わり
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