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見れば、腹の真ん中に、蒼真の太刀が突き刺さっていた。
「あ…兄、上…?」
「衣音…!」
玻璃王と、悲鳴を上げた末上が息を飲む気配がした。
「近づくな。玻璃王。いかに不死身の鬼だろうと、この私の太刀には敵わぬぞ」
牙迅王の様にな。
言って、微笑むその顔は穏やかなものだった。
とても、身籠っている腹に刃を突き刺した顔には見えない。衣音は思った。
「衣音、お前には悪いが、腹の子共々死んでもらう」
間近に、蒼真の顔があった。
「この都には、もう鬼の力など、大結界など必要ない。鬼に守ってもらう必要など無い。その鬼に神通力とやらを仕込まれ、人では無くなったお前ならばわかるだろう、なあ、玻璃王、お前はそう思うだろう」
「…玻璃王…」
玻璃王は、印を結ぼうとした手を静かに下ろした。末上はそれを見て、驚いていた。
「その腹子、間違えればこの世に鬼の世を呼びかねん。鬼の屍、その土塊から鬼を生み出し、更に子を孕ませるなど、六間もよく恐ろしい技を見つけたものだ」
衣音は、蒼真の口にすることがなんの事か理解できなかった。
「お前のことだ、衣音。お前は、鬼の屍の寄せ集めから生まれた。赤黒い土塊の中から、美しいお前が生まれ出でたとき、私は決意した」
片手に、蒼真は印を結ぶ。
衣音の足元に、白い陣が浮かび上がった。
「兄上…」
衣音は、呆然としてただ己に突き刺さった刃の鋭さを見ていた。
不思議と、痛みは無かった。
「この鬼を、葬りさらねばならぬ」
印を結んだ手刀を、蒼真は太刀に振り下ろす。
衣音は、静かに目を閉じた。
「な…に…!」
閉じた暗闇に、蒼真の声が響いた。
目を、衣音は開いた。白く、辺りが輝いて見えた。眩しさに目を凝らすが、何も見えない。
光は、己の腹から放たれていた。
「私の鬼斬を…、飲み込んでいく…?衣音の…腹に!」
鬼斬とは、蒼真の太刀の名だった。ひどく慌てた蒼真の声に、衣音は何事だろうと腹の辺りを見た。
突き刺さった鬼斬が、溢れる白光に飲まれるように消失していく様が見えた。
「蒼真…!」
六間の兄弟子たちが、蒼真の背後から手を回し衣音から引き剥がす。
眩しい光の中で、太刀が腹に飲まれるのを、衣音は目を丸くして見た。
「蒼真の術が破れた…だと?」
兄弟子の一人が呟いた。
「馬鹿な…」
光が消えるのを見届け、衣音は刺された箇所が無傷であることを確かめた。
「衣音」
「ん…大丈夫」
玻璃王が、衣音の腹部を確かめると、その背に隠す。衣音は白い髪の向こうに、慄く蒼真と兄弟子たちを見た。
「蒼真、ここは下がれ」
玻璃王は、静かに口を開いた。
「すでに、狩音の力は蘇りつつある。お前も、それを感じただろう」
蒼真は、青ざめた顔で衣音を見ていた。
「ば…馬鹿な…!」
蒼真は、信じ難いと言うように、首を振った。
「お前も、見ただろう…?鬼斬を以てさえ死なぬ、得体の知れぬ化物を…!それを、守る?ふざけるな!」
背後から抱きかかえられるようにして押し止められた蒼真は、尚も衣音へと掴みかかりそうに喚いた。
「衣音、忘れるな。お前の腹にあるものは破滅を呼ぶ。お前は守られたのではない。食われなかっただけだ!」
衣音は、蒼真の言葉に、牙迅王の館で出会った童女を思い出していた。
「そうだ、兄上。そのとおりだ。俺は、この腹の子を、宿しただけだ」
そっと、腹を撫でる。
「破滅とか、そんなものは知らない。けど、俺が俺自身が生まれてきた理由を知らなかった様に、この子には辛い思いなんかさせない」
あの優しかった父が、嘘をついていたことなど無かった。
鬼だ、と言い切ったあの瞬間に、それは分かっていた。
「は…よく言う」
蒼真は、薄ら笑いを浮かべて、兄弟子たちの腕を振り切ると、踵を返し、背を向けた。
「…また来る。首を洗って待っているんだな」
空となった鞘を捨てるように投げると、言い捨て、呆然と見る兄弟子たちを置いて蒼真は広間を後にした。
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