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『看護師さん。このボタンを押せばいいんですか?』  穏やかな声がして、画面が明るくなる。テレビに映し出されたのは、長く伸びた艶やかな黒髪が特徴的な妙齢の女性。画面越しでもわかる楚々とした雰囲気は、彼女の品格を感じさせる。  だが、だからこそ気になってしまう。彼女がその体を包んでいるのは病院服で、撮影をしている部屋は病室のように見える。こちらに向けられる目にはどことなく気力がなく、薄く浮かんでいる隈は少しばかり痛々しいと感じた。 『えー……こほん。メッセージ動画なんて初めてだからちょっと恥ずかしいけど……でも、何かを遺すって大切なことだと思うの。だから、頑張るね』  本音の見える前置きのあと、病院服の女性は穏やかにほほ笑んだ。 『このメッセージがあなたの元に届いたとき、私はきっとこの世にはいません。映画みたいだけど、本当のことなの』  真剣な語り口で始まったのは、彼女が不治の病に侵されているということ。検査をしてわかった時点で病気は治療不可能なほどに進行しており、突然あなたの前からいなくなったのはどうにもならない事実を伝えたくなかったからだということ。けれど、やっぱりいなくなったことを後悔していて、メッセージ動画を遺すと決めたこと。 『私、この病気に気づいてからは色んな人に可哀想って言われたわ。あなたと結婚して、たった二年。まだまだこれからってときなのに、こんなことになるなんて信じられないよね』  彼女は薄く涙を浮かべ、白い左手で口元を押さえる。そのとき、彼女の左指で小さく輝いたのは小さいながらもきれいな装飾が施された銀色の指輪。ダイヤモンドの宝石は変わらぬ輝きを見せていたが、なぜか、その光は少し曇っているように見えた。 『でも、私は自分のことを可哀想なんて思わない。私は――日向ひかりは、日向龍介の妻になるっていう夢を叶えられたんだから』  名前を呼ばれ、気が付けば背筋が伸びる。 『ねぇ、龍くん。私のことを忘れて、なんてかっこいいことは言えないけど、龍くんは自分の人生を大切にして。一年に一日くらい私のことを思い出して、懐かしんでくれたら、それだけで満足だから……』  儚げなほほ笑みの後、メッセージは終了して黒い画面が映し出される。それは、越えられない時間の隙間に存在する虚無にすら見えた。
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