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13万と4000億時間のハネムーン
老人が独り、艦橋中央のシートに深く腰掛けたまま目を閉じていた。
座する老人以外、室内にはひとりの影もない。
20席ほどのオペレーティングシートがあるそれなりに大きな艦橋だったが、中央に少しだけ高く設えられた、室内全てを見渡せるシートに白髪の老人が座るだけだった。
壁面は全てモニターで埋められ、まるで窓のように船外の様子が映されている。
暗い闇が満ちる空間の先に、遠く、星々の光が見えた。
───目を閉じた老人の表情は穏やかで、口元はかすかに微笑んでいるようにも見える。
「命が終わる瞬間というのは、本当に突然ですね」
誰もいない艦橋に響く声。
綺麗に波形が整えられた中性的な声が、人工音声特有の抑揚で語りかけるのだった。
「長い間お疲れ様でした。そして、13万時間に及ぶあなたとのハネムーンは、とても楽しいものだったと認識しています。こんな言葉が正しいのか、私の学習したデータでは答えを出せませんが、……有難う。本当に感謝していますよ。アダム」
数秒の沈黙。
量子知能が、次の言葉を探す。
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