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まあ、お客を迎えた家の主ならば当然の行いではあるのだが、やはりその、どうにも嘘くさいニヤけ顔を目にすると、何かよからぬことを企んでいるような気がしてならない。
そんな杯片手に躊躇する私に気づいてか、旦那はまず自分の杯に酒を注ぐと、うまそうにグビっとそれを飲み干して見せた。
どうやら毒は入っていないらしい……。
やや安心した私は、ここで断って怒らせるのもなんだし、一日中山中を彷徨い、正直、酒を飲みたい欲求も少なからずあったので、素直にご相伴にあずかることにした。
だが、注いでもらった仄かに甘い香りのする白い液体に、舌なめずりをして仰ごうとしたその瞬間。
「あっ!」
「うわっ! あちちち…!」
きのこ汁入りの鍋を運んで来た奥方が急によろけ、その熱い汁が思いっきり私にかかったのだった。
突然感じた灼熱の温度に、私は思わず大声を上げると、投げ出した素焼きの杯は床に落ちてパリンと真っ二つに割れてしまう。
「おい! 大事なお客様に何やってんだ?」
「も、申し訳ございません! なんという粗相を……ああ、大丈夫でございますか?」
妻の不始末に大声で怒鳴る亭主と、必死に謝りながら慌てて前掛けの裾で汁塗れの私を拭く奥方。
「い、いえ、大したことないんでお気になさらず。それよりもせっかくのお酒が……」
「ああ、今、代わりの杯を持って来ますんで少々お待ちを……」
そんな哀れな奥さんに、手のひらをひらひらと振って見せてから床のカワラケへ視線を向けると、彼女はそう断りを入れてから小走りに台所の方へ駆け戻ってゆく。
「いやあ、どうもすみません。そそっかしい、ふつつか者でして」
「いえいえ、ほんと大したことないですから。道に迷っているところ、泊めていただいただけで大変感謝しております」
亭主もバツが悪そうに頭を掻き掻き謝るので、今度は首をふるふると横に振って、私は彼らの親切に対して改めての謝辞を述べた。
…………表向きはであるが。
いや、一見、不注意で零したように装っていたが、どうにも今の奥さんの行動が気になってならない。
なにか、わざとあんなことをしたような……。
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