一、お姉ちゃんの事

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一、お姉ちゃんの事

 お姉ちゃんが夫の健一さんを自宅の庭に土葬したという話は、瞬く間に町中に広がった。  木々と山々に囲まれたこの小さな田舎町には、ゴシップ好きでスピーカー気質なお爺さんお婆さんがあちこちに住んでいるから、本当にあっという間だった。  『あんたに話すにはまだ早いと思ってたんだけど』という前置き付きでお母さんから詳細を聞かされた頃には、もう近所の人達は皆誰かと顔を合わせる度にコソコソとお姉ちゃんの事を話し続けていたくらいだから、初七日も終わらない内からもう町全体に浸透しきっていたんじゃないかと思う。  ──いや。違うか。  多分、もっともっと前からだ。  もっと前の、引っ越しの時から。  町から離れた山中の空き家に夫婦で引っ越していった頃から、あの二人に関する根も葉もない噂が町の至る所でぽつぽつと囁かれていたような覚えがある。  都会に出てったはいいけど、仕事で何かやらかして向こうに居られなくなったからまたこっちに戻ってきたんじゃないの、とか。  ご近所さんだからよく話してたけど、その頃からちょっと頭がおかしいような感じだったからきっと人間関係で何かあったんだわよ、とか。  本当に見聞きしてきて話しているのか単なる作り話なのか妄想なのか、耳をそばだてて聞いていればどの人の口からもとにかく悪意のある噂話ばかりが零れ出ていた。  上京して二年目を過ぎた頃に男の人を連れて帰ってきたお姉ちゃんは、お母さんともお父さんとも言い争いをしていて、その頃は家の中が常にピリピリしていて居心地が悪くて。  丁度思春期を迎えていた私も当時は凄く神経質になっていて、昔とちっとも変わらずお節介で世話焼きなお姉ちゃんの行動が一々鬱陶しくてうざったくて、ろくに話も聞こうとしなかった。  今思い出すと、その頃のお姉ちゃんには健一さん以外頼れる人が一人もいなかったんだ。  健一さんだってお姉ちゃん本人じゃないし、家族から離れて二人きりで過ごせる場所に引っ越したからって、異性だから気持ちが行き違っての口論とかもなくはなかっただろう。  その頃から私がちゃんと話を聞いたり、支えになってあげたりしていれば。  お姉ちゃんは今のような状態にならずに済んだのではないだろうか。
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