三、樹木の指輪

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「これもあの人との約束の一つなの」  お姉ちゃんは幹から体を離すと、自分の手が届く位置に生えている一本の枝を掴んで、ほら見て、と枝を少ししならせて弾んだ声で私を呼んだ。  枝の先端は五股に分かれていて、端の一本だけが他と比べてやや幅広で短くて、まるで人間の手のような形状に生え広がっていて気味が悪い。  この木の根元に健一さんが埋まっているのかと思うとこれ以上近付きたくはなかったけど、指のように生え広がった五本の枝のうち、一本の根元部分に光を反射して白く光るものがあるのを見つけて、顔だけ突き出して目を凝らす。  それは、木葉の隙間から差し込む木漏れ日や、雨上がりの空の下で木葉が抱く雫よりも眩しくて強い光を放っていた。 「──これ、」 「あの人のものよ」  指輪だ。銀の。  お姉ちゃんが左手の薬指にはめているものと、デザインも違わない。 「苗木を植えた際に引っ掛けておいたのを、この子がきちんと自分で自分の指にはめ直したみたいなの。この指輪が今の私と健一さんを繋ぐ唯一の絆。あの人はきっとこの子の成長を見ていて、きっともうすぐ帰ってくるわ」  そう思うと毎日が楽しくって。  お姉ちゃんは私を振り向いて、うふふと笑った。  晴れ渡った空の下に立つ大木の木漏れ日を受けて笑っているお姉ちゃんは、心底楽しそうではあるけれど、その目は私じゃなくてどこか宙を見ているようで、違和感とおぞましさを感じるような眼差しをしていて。  当時味方が殆どいない中で辛い思いをしてきた筈のお姉ちゃんは、今は私が小さい時でさえ見た事がない程明るく弾けた笑顔で、私の目の前にいる。  健一さんはもう死んでしまっていないのに、ちっとも寂しそうには見えなくて、それどころかまた帰ってくると信じ切って、外にも出ずに山奥に籠っている。  町の人達が言うように、お姉ちゃんは本当におかしくなってしまったんじゃないかと思うと、俄かに怖くなってきた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!