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「花純……」
朔は花純に寄り添うと、静かにその身体を抱き締めた。
もう動けない、植物そのものとなってしまった愛しい妻の身体を。
「……く」
その時、微かに聞こえたか細い声に信じられない思いで朔は顔を上げた。
空耳だと思った、けれども。
「さ……く……」
もう動かない筈の唇が動き、花純の乾いた頬を涙が伝った。
「ああ、花純……花純……嬉しい、最後に君の声が聞けた」
「朔……逃げ……て」
このようになっても尚、自分を想う彼女の懸命な言葉に涙が出る。
けれどもだめだ。その想いに応える事は出来ない。
花純とは比べ物にならないとは言え、自分の身体も着実に浸食が進んでいる。
朔は笑顔で頭を振った。
「ごめん、逃げないよ。小猿は最後まで、大好きな娘と一緒にいたいんだ」
チリチリと音を立てだした一対の羽根。
愛しい妻の唇に、朔は自分の唇を優しく重ねた。
「花純……愛してる。籍も入れていないし、短い間だったけど……僕らは確かに夫婦だった。そう思っていいよね」
炎の音に掻き消されて、その返事は聞き取れなかったが。
朔にはもう充分だった。
花純の見せた、その精一杯の笑顔だけで──
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