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「ああ、何と言う事だ……」
あの美しい夫婦は、骨すらも残さずに燃え尽きてしまった。
辺りには、未だ焦げ臭い匂いが立ち込めている。
呆然と立ち尽くす笹原の側を、教授がブツブツと何かを呟きながら通り過ぎた。
「地獄変の最後は……」そんな呟きが、笹原の耳には聞こえたような気がした。
彼の中で、何かが完結したのだろう。
後日、大学教授である一人の男の変わり果てた姿が、この焼け跡で見つかった。
笹原がそれを聞いたのは、あの火災から一ヶ月が経った頃だった。
この教訓を、自分は決して忘れはしない。
あの日の出来事は見えないシミとなって、生涯消える事なく自分の中に残るのだ。
ふと笹原は、二人がいたであろう焼け跡の中で、小さな芽吹きを見つけた。
「いらない……もう、欲しくない……こんなもの」
そう呟きながら、笹原はその芽を根ごと引き抜いて、アスファルトの上でギリギリとにじり潰した。
~終~
・出典
芥川龍之介「地獄変」
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