月の花

12/12
前へ
/12ページ
次へ
 *** 「ああ、何と言う事だ……」  あの美しい夫婦は、骨すらも残さずに燃え尽きてしまった。  辺りには、未だ焦げ臭い匂いが立ち込めている。  呆然と立ち尽くす笹原の側を、教授がブツブツと何かを呟きながら通り過ぎた。 「地獄変の最後は……」そんな呟きが、笹原の耳には聞こえたような気がした。  彼の中で、何かが完結したのだろう。  後日、大学教授である一人の男の変わり果てた姿が、この焼け跡で見つかった。  笹原がそれを聞いたのは、あの火災から一ヶ月が経った頃だった。  この教訓を、自分は決して忘れはしない。  あの日の出来事は見えないシミとなって、生涯消える事なく自分の中に残るのだ。  ふと笹原は、二人がいたであろう焼け跡の中で、小さな芽吹きを見つけた。 「いらない……もう、欲しくない……こんなもの」  そう呟きながら、笹原はその芽を根ごと引き抜いて、アスファルトの上でギリギリとにじり潰した。  ~終~ ・出典 芥川龍之介「地獄変」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加