月の花

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 彼の妻を、笹原は一度だけ見た事がある。  正に花の(かんばせ)。あの月下美人に勝るとも劣らない、そんな美貌を携えていた。  ここの店主もなかなかの男前だ。  二人並べば美男美女の理想の夫婦と言えよう。  元々、妻は別の場所で小さな店を持っていたらしい。  彼と一緒になって心機一転、田舎の安いこの土地で、新たに店を開いた。  当初は二人で店の切り盛りをしていたが、いつの間にか妻の姿が見られなくなった。 (もしかして、私から彼女を遠ざけているのか? それとも、何か秘密でもあるのだろうか。ならば、その秘密を探って脅しを掛ければいい)  笹原は、今までずっと気になっていた、店の裏にある温室の事を思い出した。  以前、店主に温室を見せてくれと頼んでみた事はあったが、頑として聞き入れては貰えなかった。  まあ、不信感でいっぱいの自分を、そう簡単に受け入れてくれる筈もないだろうが。 (少し覗く位なら、例え見つかっても大した罪にはならないだろう)  そんな安易な考えのもと、笹原は不法侵入と言う強硬手段に打って出た。
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