月の花

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 * * *  大学の研究員だった荻野朔(おぎのさく)は、小さなフラワーショップを経営する麻生花純(あそうかすみ)と出会った。  その容姿は勿論の事、彼女の花に対する思いの深さに、元々植物好きだった朔はひどく惹かれた。  彼女に会いたいが為に、暇を見つけては店に入り浸って色々と仕事を手伝うようになった。  花純も心優しい朔の人柄に惹かれ、次第に二人は恋仲となっていった。 「え、それ本当?」 「本当です。私もびっくり」  ある日の会話で、二人の共通点が発覚した。 「朔さんが、まさかうちの父の大学で、しかも父の助手をしていたなんて。私ってば、勝手に文系だと思い込んでいたから」 「え、どうして?」 「だって、初めて会った時に、芥川の文庫を持っていたでしょう? 朔って名前も何だか……」 「はは、理系が文学書を持ってたら可笑しい? 小説は好きだよ」  彼女の仕事を手伝いながらの、そんな他愛のない会話が二人の至福のひとときだった。  大学で教授を務める花純の父親は、バイオテクノロジー研究の第一人者と言われる人物。  主に新種の植物を造り出す研究に力を入れている。  偶然にも朔は、麻生教授の助手としてその研究に携わっていたのだ。  笹原が欲しがっているあの花は、教授が特に入れ込んでいる研究サンプルの一つだった。 「私ね、本当は自然の摂理に逆らわずに育った、野山に咲く草花の方が好きなの。だから、あの研究所にいる植物達が何だか可哀想で」 「そうか……」  そんな花純の言葉は、朔の胸に深く突き刺さった。  他の研究に携わると言う手もあるが……  朔は悩んだ末に、全てを教授に話して大学を辞め、花純と一緒になる覚悟を決めた。  その決意が、二人の運命を狂わせる引き金になるとも知らずに。
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