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「月下……美人?」
その言葉を発したのは笹原だった。
こっそりと忍び込んだ筈が、あまりの驚きの光景に思わず我を忘れてしまった。
「ああ、笹原さん。丁度良い、あなたも会いたがっていましたね。これが僕の妻です」
それは、満開の月下美人と完全に一体化した花純の姿だった。
固く閉じられた瞼は開かれる事もなく、膝に添えられた両手はぴくりとも動かない。
すらりと伸びたその足の裏は、しかと土の地面に根付いている。
「花純はもう人としての生活が出来なくなりました。表情を浮かべる事も、食事を摂る事も、この場所から動く事も」
朔は花純の傍に立つと、その髪を愛おしげに指で梳いた。
「でも、どうです? 花純は相変わらず綺麗でしょう。何も手を施さなければ、きっと彼女は花によって滅茶苦茶に浸食されていた。身体の他の部分を傷つけないよう、成長の矛先を一方向へと誘導するのは困難極まりないものでした」
「ああ……君は、助手の中でも特に有能だったからな」
他人事のように呟く教授へと、朔は冷ややかな視線を送る。
「『地獄変』……と言う芥川龍之介の作品を、教授はご存じですか?」
「……え?」
唐突に話題を変えた朔を、教授は不思議そうな目で見つめて来た。
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