Adagio

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「人事部宛ての封筒、全部分けておいたから、この箱ごと持って行っていいよ。いつもごめんなさい、やらせてしまってばかりで」  華美は有紗よりも一回り細い腕で、人事部宛の封筒が大量に入ったプラスチックボックスを持ち上げた。有紗は慌ててそれを受け取りに行った。 「いえっ、いいんです。わたし仕分けくらいしかできることもなくって。来週はもっと早く来ますから!」  有紗は箱を胸に抱えたまま頭を下げた。そこに、坂巻の声が降ってきた。 「綿貫さん、おつかれさま」 「あっ……」  ぱっと振り向くと、坂巻が微笑んだ。  一目見ただけで分かる仕立ての良さそうなシャツには、今日も綺麗にアイロンが掛かっている。短く刈られた髪と、すっきりと出した額。涼しげな目元にさえ清潔感があり「理想のタイプといえばこの人しかいない」と、有紗は見るたびに思う。 「それ重くない? よかったら、あとで人事部持って行こうか」  厚意をうれしく思いながらも、勘違いしてはいけないと、有紗は強く自分に言い聞かせた。坂巻はいつも優しく声を掛けてくれる。けれど、それは特別なことではないのだ。  「大丈夫です」と笑顔で返事をし、サブレの礼をしようとしたところで、坂巻の視線が華美に向いた。有紗は喉の先まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
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