Adagio

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 会社で働いている誰もが仕事というものに向いているわけじゃないと思う。辞めたいと思うことは、今まで何度もあった。でも、その前に行く場所のなかった自分を拾ってくれた宇美に、たったひとつでもいいから恩返しがしたい。 「しかし、このサブレほんと美味いねえ。私も坂巻くんに、何か恩を売るかな」 「ええ? 宇美さん、さっき新井さんのこと格好良いって言ってたのに」 「それは過去の話。この年になると、恋人は若い男の方がいいわ」  宇美が真面目くさった顔で言うから、有紗はつい笑ってしまった。 「ああ、そうそう綿貫。午前着の書類が総務部に届いてるみたいだから、ちょっと持ってきてくれる? ひとつ急ぎで処理しなきゃいけないのがあるんだ」  言いながら伸ばされた手から大切なサブレを守ろうとして、有紗がぱっと蓋を閉じると、宇美は小さく舌打ちした。  宇美には感謝している。それでも、このサブレは駄目なのだ。
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