Adagio

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「でもね、坂巻さんすごく行きたそうだったよ。一人じゃちょっと行けないとも言ってたけど」  華美の言葉に何かの確証があるわけではない。だが、坂巻があの店を気に入ってくれたのが事実なら、それだけで救われたような気にもなる。ほんとうに、宇美の言ったとおりだったのかもしれない。 「坂巻さん、ダメ元で誘ってみようか」華美はメッセージアプリを開いた。 「えっ、今週末ですか」 「うん。あ、二人のほうが良いかな」 「いえいえ、大丈夫です」  一度誘っていることなど言えるわけもなく、有紗はメッセージを入力する華美の指先をただじっと見つめていた。 『hanamina:佐倉です、まだ仕事中だったらすみません。このあいだ坂巻さんから聞いた外苑前の紅茶専門店に、今週末綿貫さんと行ってみようと思うのですが、良かったら坂巻さんも一緒にどうですか』  飾り気のない文面がいかにも華美らしい。 『Smaki:ごめん、今週末用事があるんだよね。予定が合えば僕も行きたかったけど』  返事はすぐだった。誘いを断られたときと同じ文句に、有紗は内心ほっとする。 『hanamina:こちらこそ突然ごめんなさい。今週末、綿貫さんと先行してみます。また誘いますね』
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