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あしあと
冬は、すべてのものが、ただそこにあるような気がする。
自然も、人工物も、目に映る何もかも。
そんなふうに無為でありたいと、どこか奇妙な熱っぽさで思う。
願うほどにはきっと、うまくは行かないけれど。
ざく、ざく、と、ブーツが雪を踏みしめる音が、まだ目覚めない早朝の空気を揺らす。
「……毎年、思うんだけど」
昨夜のあいだに降り重なったまっさらな雪は、ふわふわと頼りない砂糖菓子めいた印象とは裏腹に、その芯に、ひとを捉えて離すまいとする頑迷さをも持ち合わせている。
「何で、こんなに、歩きにくいの」
一歩踏み出すたびに重みを増していく足許を恨めしげに睨んでから、晶(あきら)は息も絶え絶えに傍らの長身を見上げる。雪国の出身であることを裏付けるように、こともなさそうに隣を歩く彼は、その言葉に、にやりとひとの悪い笑みを浮かべた。
「確かに。晶、毎年言ってるよな、それ」
「いいよ、もう。自分でもいい加減、雪歩きの才能ないの、分かってるし」
「……才能って」
そんなのあるのか、とおかしそうにつぶやいて、鳴海(なるみ)が四苦八苦する晶の頭に大きなてのひらを載せる。さらりと乾いた温もりが、触れた場所からじんわりと広がって、つめたく凝った全身にかすかな熱をもたらした。
「……重い」
つい緩んでしまいそうになる頬を、晶は憎まれ口をたたくことでやり過ごす。こんなふうにしか、ほかの誰かとつながるすべを知らなかった。
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