第五章  挑戦状

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  ※    ※    ※ 「九鬼(くき)! 九鬼(くき)!!」  揺さぶられて、俺は寝ぼけ眼をやっと開いた。枕元に置いた眼鏡へ手を伸ばす。 「だれ……」 「寝ぼけてるな、瑛二だ! 点呼の時間だよ、早く起きろ」  眼鏡をかけるとやっと学生服姿の瑛二が目に入る。俺はがばと飛び起きた。  夜明けがたに瑛二に紅をさしてから、目が冴えてどうにも眠りにつけなかった。窓の外で鳥が鳴き始めたころやっと眠りに落ち、案の定寝過したらしい。起床のうるさい喇叭(らっぱ)の音が全く聴こえなかったんだからどうかしている。  急いで学生服に袖を通し、制帽を頭に載せて廊下に飛び出す。既に他の寮生は並んでいて、静まり返った廊下の先には校長とホラ貝の姿が見えた。  毎朝校長と寮監が朝の点呼を見廻ることになっている。俺は冷や汗をかいた。  いちばん端の部屋の室長が声をはりあげて点呼を始める。次いで隣の部屋へ。二人はそれに従って歩を進めてくる。俺はさりげなく後ろ手になり、手の怪我を隠す。 「整列に遅れた者、一歩出い」  びりびりと腹に響くような声で叱責され、目をつぶって一歩出ると途端にホラ貝の鉄拳を喰らう。  目から星が出るってこのことだよな、と俺は一瞬見えた白と黒の光にくらくらしながらまた列に戻る。瑛二も勿論、俺より酷い位の拳骨を喰らっていた。  そのまま東組を通り過ぎるかと思いきや、ホラ貝がいきなり瑛二に声をかける。 「九鬼(くき)が遅れるのは見慣れとる。だがお前まで寝坊とは珍しいな、円山」  瑛二はだまって苦笑すると頭を下げた。その髪がぴょこんとはねているのに気づいて、俺はそうか、と思う。だから俺を起こすのもぎりぎりだったんだ。  白髪で長身の校長はかすかに微笑んで問答を聞いているだけだったが、ややあって口を開く。
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