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 ヴァレンタインは思わず後退って背をドアにぶつける。しかしその驚きを与えた存在は、心底楽しそうに口角を上げた。  ベッドと、イスとテーブル、棚くらいしか置いていないヴァレンタインの自室。  そこに一つしかない窓際に、老齢の男が一人、座っていた。  見た目から感じる齢は六十ほどだろうか。全身真っ黒な、形も異様な服を着て、灰のような髪色に、瞳は暗闇で不自然に輝く、緑。  開けた覚えのない、いや、開いているはずのない窓は全開で、窓枠に腰を下ろしたその男は長い脚を床に降ろした。  その瞬間、ヴァレンタインは直感する。  ぱっと胸元に手をやり、服の中に収めていたペンダントを掴んだ。 「……ッ」  しかしヴァレンタインの手は、骨ばった皺だらけの手に強く包まれる。 「ふふ、聖象か? 残念だが、そんな玩具じゃ私を退散させることは不可能だな」  一瞬で目の前にまで迫られ、耳元に囁きを吹き込まれてヴァレンタインは身を捩る。抵抗は、二人の体格差では虚しかった。ヴァレンタインは長身ではあるが細身で、男は老いに呑まれぬ立派な体躯。その肉体とドアに挟まれてしまえば、細身の青年に成す術はない。男の言う通り聖象――三つの星が組み合わさった、レイユ教の象徴的な印を描いたペンダントを握りしめた手は、きつく掴まれて開くこともできない。     
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