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彼のことは十分に知っている。ヴァレンタインが継ぐこのシェリンガムの地の西方、コーツベルグを治める領主。名は、レグナー。もちろん先代シェリンガム卿とも親交があった。ヴァレンタインは全て知っていた。これからは自分が、その親交を引き継がなければならないことも。
レグナーは穏やかな表情を浮かべてみせていた。
「君のお父上は私のことをレグナーと呼んでいた。君もそう呼んでくれ。しかしそれより、随分と具合が悪そうだ。いや、それも仕方がないだろうが……」
「いえ、ご心配には及びません。少し眠れば良くなりますので。……見苦しいところをお見せしてしまって、すみません」
ゆるりと、それでいてはっきりと首を横に振ったヴァレンタインに、男は少し驚いたような顔をした。しかしそれも一瞬で、彼はまた柔和な笑みを口元で描く。
「構わないよ。君がこれから負うべき重圧を考えれば当然のことだ。君はまだ二十一、この地の領主を継ぐには若すぎる……。君のお父上でさえ、爵位を継いだのは二十六歳の頃だろう。ああ、私の悪い癖で長話をしてしまいそうだ。君はゆっくりと休むのがいい。しかし本当に、足がふらついているようだよ。部屋まで付き添おう。さあ」
腕が、伸ばされる。
ヴァレンタインは一歩、後ろへ下がりたかった。触れさせてはいけない、お前は一人で立たなければいけない、と頭の中で自分に向けられた警鐘が鳴り響く。それは耳鳴りとなって、余計にヴァレンタインの自由を奪う。
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