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綺麗に手入れされた男の指先を見つめることしかできず、ヴァレンタインは諦めて目を閉じた。
しかし予想したような男の指が、自分に触れてくることはなく。
目を開けると、レグナーはどこかぼんやりとした顔で、空中に腕を彷徨わせていた。
「……卿?」
「えっ、……あ、ああ」
囁くようなヴァレンタインの呼びかけに、レグナーははっと身体を震わせると、先刻の間を誤魔化すように口元を緩めた。
「私も少し疲れているようだ。お父上のことを思い出してしまって……。いや、失礼。私も早く部屋に戻った方が良さそうだ……」
首を振る彼の肩越しに、ヴァレンタインは見慣れた自分の執事の姿を見る。
「卿、……レグナー様。執事が参りました。私は大丈夫ですので、どうぞお部屋へお戻りください」
レグナーはぱっと振り返り、歩み寄ってくる執事を確認した。数秒の沈黙の後、彼は笑顔で頷くと、
「それでは、今日はお互いにゆっくり休もうか。また明日」
と軽く頭を下げて踵を返した。
だんだんと離れていく背は、廊下の端に消えるまで、振り返ることはなかった。その姿を見届けて、ヴァレンタインは近くまで歩み寄って来た執事から顔を背けて溜め息を吐く。白髪を隙なく整えた老齢の執事は、切れ長の目を不安そうに細めながらヴァレンタインの背を支える。
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