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 教室に通う生徒は発表会に出るのが義務となっていて、毎年かなりのプレッシャーだ。個人曲と連弾曲の最低二曲は弾かなければならない。発表会前のレッスンは日ごとに増して厳しくなって、泣く生徒が続出する。恵里佳も小さい頃はレッスンで随分と泣いたくちだ。  音色が違う、リズムを身体で感じろ等々、工学部志望の里佳子にはよく分からないことを幸子は要求する。今でもレッスン中に泣きたくなることはしょっちゅうなのだ。  発表会が終わると、厳しいレッスンに耐えかねた生徒が教室を辞めてしまうし、音大を目指す本気組はある程度の年齢になるとここを辞めて受験に特化した講師のレッスンを受けるようになる。いつの間にか恵里佳と素子が教室では一番の古株になってしまった。素子のような生徒は珍しいのだ。  要領の悪い恵里佳は、素子と幼馴染というのもあって、なんとなく辞め損ねてレッスンを続けている。ピアノは好きだが、音楽の道に進むつもりはない。次の模擬試験の準備をしたいというのが正直な気持ちなのだが、迷惑をかけるわけにはいかない。譜読みだけは済ませておいた。  素子が弾く華やかなショパンのポロネーズをうっとりとして聞いていると、 「ほら、恵里佳の番よ」  腕をつつかれて、恵里佳は我に返った。     
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