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「……円香、いつもありがとうね」
彼女は少し寂しげに笑って私を見たから、もしかしたら、彼女も私の感情に気が付いているのかもしれない。
「朱美ちゃん、体調はどう?」
「んー、いつも通りよ」
毎日毎日続く懺悔のような見舞いに、他愛もない会話はすぐに底をついた。
そもそも、ありふれた日常から遠ざかってしまった私に対して話せないことの方が多いのだ。
朝の日差しがゆったりと温かみを増して、私は時の流れを感じる。
私たちの間に降り注ぐ沈黙と、私の中に募ってゆく思い。私は彼女に背を向ける。
大して良いと言い切れない、むしろ悪いようなそんな感情ははち切れんばかりとなって、私の口から飛び出しそうになる。
必死に私はそれを抑えていて、ついにはそうすることにも疲れ果てて、そうなれば私は一体何者になってしまうのだろうか。
思いは脱力感を伴って、私の外へと零れ落ちた。
「……もう、トロンボーンは吹けない……んだよね」
あぁ、窓から注ぐ太陽の光が痛いから、後でブラインドを下ろしてもらわなきゃ。
諦めにも似た溜息のような私の言葉に、円香が息を呑んだ気配がした。
ゆっくりとした動作で彼女に向き直る。
あぁ、そんなにも傷付いたような目をしないでよ。
円香は何一つ悪くないんだから。
私が毎日のように来てくれる円香に甘えているだけなんだから。
今まで誰一人として私に突きつけなかった事実。
今まで誰一人として見ようとしなかった私の右腕。
始めは、吹奏楽部の皆が来てくれた。
その数は徐々に減っていって、昨日、顧問が私に引導を渡した。
なんてことはない一言。
「これからは全く新しい日常になるだろうが、頑張るんだぞ」
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