0人が本棚に入れています
本棚に追加
「円香でも、感情的になることあるんだね」
「朱美ちゃんは私のことを聖人君子だとでも思ってるの? それか、マリア様か」
「……マリア様か……円香っぽいよね」
「はぁー、朱美ちゃんにちゃんと怒るつもりだったのにな」
……もう、叩かれてるけどね。
左頬の熱に、私は何だか吹っ切れた気がして、頬が、緩んだ。
「……ねぇ、円香……私、まだ、夢を見てられるよね。まだ、トロンボーン吹けるよね」
声が震えた。
一粒の雫が白いシーツに流れ落ちた。
体内でストンと音がして、私の心は何処かに荷物を置いてきたみたい。
事故に遭ってから、初めて窓の向こうにある空の青さが素敵だと思えた。
円香は、私の左手を自分の右手と繋ぎ合わせた。
「私が、朱美ちゃんの右腕になってあげるよ。いつも一緒に練習してたんだから、スライドのタイミングはばっちりだもん」
そして、こう続けた。
「来年のソロコン、出よう!」
私は涙を隠すことなく、頷いた。
そこからの時間はあっという間だったように思う。
私の世界に少しずつだけど色が戻り始めて、ちゃんと呼吸が出来たような気がした。
トロンボーンを吹いている、その事実だけが私を生かしてくれていた。
最初のコメントを投稿しよう!