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そして、その日。
覚えているのは、眩しいスポットライトと沢山の歓声。
客席に見える母の涙と、高鳴る鼓動。
そして、円香の満面の笑み。
彼女はにっこり笑ってこう言った。
「やったね、朱美ちゃん!」
私はその時、確かに季節外れの花火を見たと思ったの。
私はその日以降、二度とトロンボーンを持つことはなかった。
もう、夢は叶った気がしたから。
円香は口を尖らせて不満そうにしていた。
「私と朱美ちゃんなら最強のトロンボーン奏者になれるのになぁ」
なんて残念そうに呟いて。
円香がどれだけ私の右腕になろうとしてくれていたか。
私は痛いほどに感じていて、それを実感する度に、泣きたくなるほどの感謝と、喚きたくなるほどの罪悪感を覚えてもいた。
だから、演奏を終えた時の円香の笑顔を見た瞬間、私は救われた。
そして、報われた、と思った。
今まで理不尽でしかなかった世界が初めて優しく愛しいものになった。
だから、新しい夢を描こうと決めた。
まだそれがどんなものかは分からないけれど、だからこそ、余計に。
私が輝いたのは、一瞬だったのかもしれない。
たった三分ほどのことだったのかもしれない。
今でも時々、あれは夢だったんじゃないかって思う。
だけど、確かにあの瞬間、私はトロンボーン奏者になっていた。
それはもう、疑いようもない。
そしてそれが、私の生きる理由になった。
私が、生きていく糧になった。
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