卵みたいな月の夜に

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「ごめんね、驚かしちゃって」 「……」  物音ひとつしない。  でも彼は確かにここにいる。そういう気配を感じるのだ。おいしいような、甘くてやさしい香りがするのだ。 「タケル、驚かしてごめん」  インターフォンを数回押す。だがドアは開かない。トントン、トントン、ピンポーン。トントントントン、ピン……。トントン……。 「あれ、ピンポン鳴らなくなっちゃた……」  どうやらインターフォンが運悪く壊れてしまったようだ。引っ越してきたばかりなのに、かわいそうなタケルだ。  とんとん、とんとん。  とんどんどんどんどんどん。だんだんと手のスピードははやまり、由香の顔も妙に血走りはじめる。  でも彼女はわらっていた。極上の笑顔を扉に向け、彼がいつ出てきてもいいように、ドアをたたき続けた。  とんとん、とんとん。  とんどんどんどんどんどん。 とんとん、とんとん。とんどんどんどんどんどん。 とんとん、とんとん。どんどんどんどんどん。 とんとん、とんとん。とんどんどんどんどんどん。どんどんどんどどんどんどんどんどん。  それでもまだ彼は現れない。 仕方がないから、2階のベランダからよじ登るしかない。 由香はゆっくりと窓の方へと歩いていった。
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