君か僕のいない夏

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「僕らは、競争して尾根に向かってた。水筒だけ持って。入道雲の成り損ないが、空にあった。じりじりと日が照っていて、この上なく暑かった。」 「うん、そうだった。私たちはランドセルだけおいて、二人で走って山を登ってた。階段を登りきったところで、岩に手をついたら、すごく熱かった。」 対応するように、丁寧な字が下へと続く。 「お茶を飲んで、少しずつ出され始めた夏休みの宿題の話をした。自由工作で何を作るか、日記にはどんなことを書くか。それから、「20歳になった自分」に関する作文について。」 「そう。学校で育ててた朝顔や絵の具も少しずつ持って帰らないとね、って話をした。それで夏休みの課題、「20歳になった自分」に関する作文の話になった。」 「ナツキは、ケーキ屋さんになって、みんなの誕生日を祝いたいって言ってた。」 「フユキは、学校の先生になって算数を教えたいって言ってた。……なんか私のほうが精神年齢が低い気がする。」 「そうだった。だから僕は君を笑ったんだ。ごめん。」 返事はなかった。これが原因だったことを、僕らは知っていたから。 「笑った僕を、ナツキは怒った。」 「フユキの誕生日にはケーキ作ってあげないって。」 「それで僕はまたからかった。」 「そう、フユキは私に向かって、ナツキは20歳になっても子供のままだろって、笑った。」 「だから君は言った。私は大きくなったらね、ちゃんと大人になってるよ。」 「一人でいろんなところへ行けるんだ。」 「一人で船に乗ってアメリカに行けるよって。」 「私は尾根に立って、背伸びをして、空と混じる海を指さした。遠くて、本当に少し見えるだけの海だった。 「一人でロケットに乗って、空の向こうにだって行けるよって。」 「私はフユキの方を見て、尾根の崖に背を向けて言った。」
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