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「…………私は、足元が崩れて、身体が後ろに傾いた。本当に、何も考えてなかった。びっくりして、ああ、フユキがびっくりしてるって、他人事みたいに思って。そうしたらね、」
「…………、」
「フユキが手を伸ばしたの。フユキの手がね、私の手を掴んだ。力いっぱい、痛いくらいに。」
「え……、」
ノートに書くまでもなく、口から零れ落ちた。
「フユキの手が、私の手を掴んだ。私は、フユキにひっぱりあげられた。でもね、」
「…………、」
「小学生の体格も、力も、同じくらいでしょう。私を思いっきり引っ張ったフユキは、バランスを崩した。私を思いっきり引っ張ったってことは、フユキは私に思いっきり引っ張られたってこと。」
ああ、そうか。
「強く、手を握ってたはずなのに。フユキの手がほどけた。握ってたはずなのに。私に引っ張られたフユキは、私とそっくりそのまま位置が入れ替わったの。それで、握ってたはずの手がほどけた。火傷しそうなくらい熱かった手が離れて、遠心力のまま、フユキは尾根から落ちていった。私は、」
手を伸ばすことしか、できなかった。
「それを見送ることしかできなかった。」
あの夏の日崩れた尾根の崖は、今はそんな跡もない。
もしもあの日、山に行かなければ。
もしもあの日、僕が崖側に立っていれば、
もしもあの日、「20歳の自分」の作文の宿題が出ていなければ、
もしもあの日、将来の話をしなければ、
もしもあの日、ナツキの夢を笑わなければ、
もしもあの日、15センチが届いていたなら、
「冬樹。」
「…………、」
「冬樹は15センチ足りなかったって言ったよね。」
「ああ……、」
「15センチ足りた世界が、フユキのいない世界だよ。」
もしもあの日、15センチが届いていれば、それは、
「もし届いていたなら、っていうけど、届いたとしても、そこにハッピーエンドは、ないよ。」
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