君か僕のいない夏

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もしもの世界で生きた10年は、互いを変えるのには長すぎた。 結局、僕のナツキは10年前に死に、夏葵の僕は10年前に死んだ。それが事実なのだ。 もしもの世界で生きた親友が現れようとも、それは親友によく似た、親友のことをよく知った他人にしかなれない。 もしもの世界は僕が思っていたよりも甘美なものではなく、むしろどこか不毛で苦々しかった。 それでも、この時間は決して無駄ではなかった。10年目の夏の不可思議な時間は確かに僕らの何かを変えていった。 「もうきっと、会うことはないね。」 「ああ、これでおしまいだ。」 「冬樹、君は私の知るフユキじゃなかった。」 「夏葵、君は僕の知るナツキじゃなかった。」 「それでも、生きて大人になれた君と話すことができて、嬉しかった。」 「ああ、生きて大人になれた君と話すことができたこれは、無為なんかじゃない。」 未来なんてなかった幼い親友。そんな親友に、異なる世界で未来が与えられていた。 「冬樹、私の知らないフユキ。」 「夏葵、僕の知らないナツキ。」 交わることのない世界が、ほんの少しだけ重なった。 ここにはいない。けれどきっと僕のすぐ隣にでも、彼女はいるのだろう。 「どうか生きる君のこれからが平和で朗らかなものであるように、」 「どうか生きる君のこれからが美しく輝かしいものであるように、」 「愛した親友の未来に、祝福を。」 そう書いたのは、僕が先だったか、夏葵が先だったか。それはわからなかった。二人分の筆跡だけが書かれたノートを、僕は鞄の中へしまった。 登り慣れた山を下っていく。少しずつ薄くなった雲の合間から光が落ちてきた。 どうか、もう一つの世界の知らない君に、光あれ。
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