君か僕のいない夏

3/15
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
それでも尾根から離れる気にもなれずなんとなく、白い机に手を伸ばした。引き出しの中には色あせたキャンパスノートと数本の鉛筆がはいている。なるほど、この山を登った人が記念に書くノートだ。表紙にはvol133.と書かれている。確か、ナツキとここへよく来ていたころはなかった気がする。僕たちが気が付いていなかっただけかもしれないけど。惰性のままにページをめくる。 「〇月〇日、朝日見れた!キレイ!」 「〇月×日、百合が咲いていた。」 「〇月△日、3年1組一同登頂!いえーい!」 様々な筆跡で思い思いの言葉がつづられている。しかしその中で、定期的に同じ筆跡があることに気が付いた。常連であればわざわざこういったノートに書くことはあまりないのだが。丁寧な字で日付と天気だけ書かれている。訝しみながら最新のページを開いた。すると丸まる一ページ使って書かれたものを見つけた。たびたび現れていた、細い丁寧な文字たち。 そして読み進めて行って冷水を注ぎ込まれたように鳩尾が冷たくなった。 「2017年7月10日、晴天。私の大好きな親友がここで死んで、今日で10年がたちました。ここはあの日から全然変わりません。こんな暑い日でした。いつも一緒に遊んでいました。小学校が終わったら、ランドセルだけおいて遊びまわっていました。この山にもよく二人できていました。春には湿原でオタマジャクシを探し、夏にはセミを捕まえて、秋にはススキをもってトンボを追いかけ、冬には凍り付いた沢を割っていました。2007年7月10日学校が終わってから水筒だけもって、この尾根に私たちはいました。どちらの方が先にここへ着けるか、競争をして。いつもの放課後。数多あるうちの何の変哲もない夏の一日でした。でもそれが二人でここへ来る最後の日になりました。 尾根の向こう側へと消えていく友達を、名前を呼ぶことしかできず、そうして彼は落ちていきました。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!