君か僕のいない夏

7/15
前へ
/15ページ
次へ
********** 次の日、気もそぞろで何も手がつかなかった。今となっては毎日通い詰めることのなかった山へと二日連続で昇る。夕方のためか、数人とすれ違う。早くあのノートを開きたいと逸る気持ちと、何も新しく書かれていないノートに落胆したくないという気持ちが葛藤する。その間にも足は勝手に動いて、あの尾根へと気づけばたどり着いていた。日差しが強いせいで、みなさっさと降りていくため、日の当たる尾根には今日も誰もいなかった。恐る恐る、白い机の引き出しをひく。昨日と同じように色褪せたノートは鎮座ましましていた。 ありえない。きっと何も書かれていない。 もしかしてという期待を押さえつけながらノートを開いた。 「2017年7月11日晴天。フユキは、死にました。あなたは誰ですか。」 確信した。これはナツキだ。こぼれそうになる涙を、上を向いてこらえた。昨日と違って、たった一行そう書かれているだけ。でもそれだけでわかる。だって本人であれば、そう言うことしかできないから。なぜ僕が死んでいることになっているのかはわからないけれど、言葉を選ぶように何度も書き直したその字は、悪ふざけでもいたずらでもない。 死んだと言い聞かせる。でも期待してしまうから、また書いてしまう。なにより、ナツキしか、フユキしか知らないことを、書いているから。ほかの人の誰にも分らないこと。 あの夏の日、日常が非日常に変わったあの日の尾根でのこと。あの最期の瞬間は間違えようもなく僕ら二人だけのものなのだ。 「2017年7月11日晴天。ナツキは、死にました。ではあなたは誰ですか。なぜ、僕は死んだことになっているのですか。」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加