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目を覚ますと、瀬名と目が合った。寝顔を見られていたのかと思うと恥ずかしくて、無言で視線を窓の外に向ける。それから十分経った頃、瀬名が遠慮がちに口を開いた。
「ねえ悠木さん。俺達は山に向かってるんですよね?」
「……別に、お前について来いなんて言ってねえけどな」
不機嫌も露に答えると、瀬名は苦笑をこぼした。
「あの、非常に言いづらいんですが、このままこの電車に乗っていても、山には行けないと思いますよ」
「……は?」
瀬名は窓の外を指差した。その先に広がるのは……海の青い色。
「さっきからずっと窓の外見てたから、そのうち気付くと思ってたんですけど」
周囲を見渡すと、ぽつぽつとだが他にも乗客がいた筈の車内は、いつの間にか誰もいなくなっていた。電車は徐々に速度を緩め、やがて完全に停車した。アナウンスはここが『終点』だと告げた。
ホームに降りる乗客は、もちろん俺達以外はいない。小さな木造の駅には駅員の姿すらなかった。
日は既に傾き始めていた。始発から十時間以上、トイレや煙草、行き先もろくに見ずに済ませた乗り換えの間以外は、ほぼ電車に乗りっ放しだった事に今更驚く。そのまま立ち尽くしている訳にもいかず、電車を降りた時から感じた潮の匂いに誘われるように、見知らぬ土地を歩き始めた。隣の男もそれに続く。
人の姿が殆ど見当たらない。ファミレスもコンビニもない。営業しているのかどうかも……何屋なのかもわからない商店を通り過ぎて、しばらく歩くと波の音が聞こえてくる。五分もしないうちに防波堤が見えてきた。自分の肩よりも少し低いくらいの壁の向こうへと身を乗り出す。そこにはやはり誰の姿もない。夏場は海水浴場としてそれなりに栄えるのかもしれないが、シーズンオフの今は海の家らしき小屋も閉まっているようだ。
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