第1章

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 その後、竹下さんの経営する店舗、【ChiRin】から改めて依頼があり、それが正式に瀬名の初めての仕事になった。フォローする隙もない仕事ぶりで、育成担当としては助かっている。 「悠木さん、【ChiRin】さんのノベルティの事でご相談があるんですが」 「ん? なに」  隣のデスクから掛かった声に、俺は椅子ごと瀬名へと近付いた。 「もう一種類違う物を用意したいとご要望がありまして」 「コストは? ストラップと同じくらいでいいのか?」 「いえ、現状だと期間中、二万円以上お買い上げでノベルティ配布ですが、それとは別にもう少し安価な物を数用意して、お買い上げ頂いた全ての方に配りたいとの事です」 「なるほど……」  呟きながら顎を掻く。条件反射で浮かんだアイデアを口にしそうぐっと堪えて、瀬名に問い掛ける。 「お前は? 何がいいと思う?」 「そうですね……ありきたりかもしれませんがエコバッグはどうでしょう? この限定ショッパーのデザインがいい感じなので、それと同じプリントで」  ちゃんと【ChiRin】の客層が女性ばかりである事を念頭に置いた回答だ。だけど……。 「悪くない。けどそれじゃあショッパーと被るな。ショッパーをサブバッグにする女性も多いし」  俺の指摘に、瀬名ははっとしたような顔をした。 「それもそうですね」 「もうちょい考えてみろ」 「はい、ありがとうございました」  素直な返事を見届けて、俺は自分のデスクに戻った。『一人でできる』と『独りよがり』は違う。瀬名は新人ながらその事をきちんと理解していた。こいつは本当に手が掛からなくて助かる。去年も新人は入ってきたが、まったく使いものにならなかった。敬語もろくに使えない、企画書を書かせれば誤字だらけ。連日そんなで、極めつけに遅刻をしてきた瞬間ブチ切れてしまい、次の日からそいつは来なくなった。今年も悪夢再来と思いきや、去年が嘘のようだった。出来がよすぎて女子社員の格好の獲物になってしまう……という難点を除いては。
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