第1章

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「お前の歓迎会だろ、なんか喋れよ」  遠藤さんには文句を言えない代わりに、瀬名の腕を無意味に突きまくる。 「悠木さん、痛いですよ」  瀬名は腕を押さえて苦笑する。そんな顔まで男前で、無性に腹が立ってくる。 「はいはい、俺が喋りますから。悠木さんは飲んでて下さい」  まるで宥めるような口調で、瀬名は空になっていた俺のグラスにビールを注いだ。グラスから溢れそうになった泡が、表面張力でぴたりと止まる。本当にそつがない。ここまで来ると感心するのを通り越して、なんだか作り物めいている。  瀬名は俺の要望通りに、遠藤さんを始めとする女性陣に、自ら話を振って笑顔で会話し始めた。実家の犬の話から、流行の映画に手相の話。瀬名の知識は豊富で、盛り上げ方が上手い。さっと簡潔に話題を振って、あとは聞き役に徹する。相手の話を広げるのも上手かった。……営業向きだ。  巧みな話術に耳を傾けながらビールを飲み干すと、すかさず隣からお酌が入る。見計らっていたようなタイミングに半ば唖然とした。 (どこまで完璧くんだよ) 心の中で呟いて、美味そうに注がれたビールを呷った。  面白い話に、自然とグラスが進んだ。飲み干す度に間髪をいれず新たに注がれるものだから、この日は久し振りに大量に飲んだ。接待の酒ではこうはいかない。  散々飲んで、いい気分で店を出た。駅へと向かう他の面子もかなり飲んだらしく、完全に素面の人間はほぼいない。金曜日という事もあり、周囲には似たような団体がちらほら見受けられた。 「大丈夫ですか?」  微妙にふらつく俺の横には瀬名が付いた。 「平気だ。一人で歩けるっつーの」  こうして並ぶと身長差がはっきりわかって、コンプレックスが刺激される。ギリギリ一七〇の俺より、瀬名の目線は十センチ以上も高い。 「悠木さん顔赤いですね。耳まで真っ赤です」  からかうように言われてムッとする。 「いつもは自分の酒量越すなんて事ねえよ。お前がガバガバ注ぐから……」 「それはすみません」  瀬名が笑った気配がして、さっきと同じようにエルボーをかました。瀬名もかなり飲んだ筈なのに、まったくいつもと変わらない。
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