第1章

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「なんでお前あれだけ飲んで酔わねえの?」 「酔いにくい性質みたいで」  さらりと返されて舌打ちした。 「生意気」  のろのろと最後尾を歩いていた所為で、いつの間にか前の集団と差が開いていたが、急いで追いつこうという気にはなれない。 「まあ長所ではあるな。酒は飲んでも飲まれるな……、特に俺らの仕事は鉄則かもな」  今まさに酔っている人間が言っても説得力に欠けるか、と思いながら瀬名の肩を叩く。 「にしても、お前なんでもできすぎじゃねえか? ここまで来るとムカつく通り越して逆に笑う」 「それって褒められてるのか馬鹿にされてるのか微妙なんですが……」 「両方だっつーの」  そう言って大笑いしてやった。酔っていていい気分だったからか、思いのほか瀬名との掛け合いが楽しいと思った。少しの眠気とふわふわした気分。毎朝憂鬱な気分で通って、疲労困憊で帰っていく道のりがいつもと違って見える。 「でもほんと、お前優秀だから助かったよ。去年の新人なんてひどくてなあ……」  一年前も俺は同じように新人研修を担当した。 「仕事以前にありゃー人間として駄目だった。そのくせ夢と理想だけぱんっぱんに膨らませてきやがってよ」  今思い出しても、あいつを採用した人間の人を見る目を疑う。 「俺、代理店ってもっと華やかな仕事だと思ってました。ってバカじゃねえの? そんなぽんぽん芸能人に会えるかっつーの! テレビCM? 電車の吊り広告? ンなもん大手が持ってくっつーの!」  普段はこんな愚痴めいた事、絶対人に話したりしないのに。思っている以上に酔っているのかもしれない。……いや、きっと瀬名の所為だ。低いのにどこか甘ったるいような声で打たれる相槌がどうにも心地よくて、次々と言葉が口を衝いて出る。また一つ瀬名の長所を発見して、ムカついている自分におかしくなる。 「それでその方は?」 「ブチ切れて怒鳴ったら次の日から来なくなった。怒られて会社来ねえとか高校生のバイトかよ、とか思わねえ?」 「それだけ悠木さんが怖かったとか?」 「だってそいつ『明日は午前中から得意先回るから』っつった次の日に遅刻しやがったんだぜ?」  思い返すと未だに腹が立ってくる。 「それは……強烈ですね」 流石にフォローしきれないという様子で、瀬名は苦笑した。 「な! お前もそう思うだろ!」
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