第1章

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 瀬名の同意に気をよくして、背中をバンバンと叩いた。瀬名は「そうですね」と答えながら、何故かくすくすと笑った。 「あ? なに笑ってんだよ」 「すみません、ちょっとおかしくて。悠木さんって会社では近寄りがたいというか、しゅっとしたイメージだったのでギャップが……」  瀬名は緩んだ口元を隠すように手で押さえた。途端、俺は黙り込む。一方的にべらべら話し続ける今の自分の姿は、さぞ『しゅっとした』には程遠いだろう。 「そういえば、初めて悠木さんと挨拶回り行った時もびっくりしました。今とは違った意味で、会社の中とはまるで別人みたいで」 「……悪かったな」  不機嫌に呟くと、「悪いなんて言ってません」とまた笑われた。四六時中ニコニコなんてしていられない。必要な時だけ笑顔を絶やさずハキハキした営業マンでいれば充分ではないか。 「誰でも裏表くらいあるだろ」  そのセリフは負け惜しみにしか聞こえず、ばつが悪い。なぜなら目の前に『爽やかニ十四時間年中無休』がいる。 「……お前みたいに完璧な方が珍しいんだ」  いじけた風に口にすると、瀬名は一瞬意外そうな顔をして、すぐにいつもの微笑に戻った。 「完璧な人間なんていませんよ」  うっすらと笑みを浮かべた瀬名には、一分の隙もないように見える。じっと見ていると、整った顔が近付いてきた。 「俺なんて猫を被っているだけで、何かの拍子にべろっと化けの皮が剥がれるかも……」  街の明かりを反射した瞳が妖しく揺らめいた気がして、無意識に少しだけたじろいだ。俺の反応に気付いたのか、瀬名はすっと体を引く。 「着きましたね」  気付くと駅前まで来ていた。会社の連中の姿は見当たらず、先に解散したようだった。 「歓迎会ありがとうございました。それじゃあ、おやすみなさい」  ついさっき垣間見えた表情が幻だったかのように、瀬名は爽やかな笑顔を振り撒いて反対側のホームへと降りていった。  外見も人当たりもよくて、気が利いて頭もいいし、仕事もなんでも器用にこなす。それが、瀬名の言うように見せ掛けだったとしたら、その下には一体どんな本性を隠し持っているんだろう。『完璧な人間などいない』という言葉も、瀬名の謙遜なのかもしれない。けれどもし、本当に瀬名に違う一面があるというなら見てみたい気がした。
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