第2章

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第2章

 瀬名が入社して四ヶ月経つ頃には、独り立ちどころか、しっかり戦力になっていた。俺の手を離れたと言ってもデスクは隣同士のままで、瀬名は変わらず仕事の相談をしてきたし、俺は俺で他人の意見が聞きたくなった時は瀬名に声を掛けた。初めてちゃんとできた『後輩』は、気軽に話し掛けるには絶好の相手だった。 「瀬名、これお前だったらどっち?」  A4サイズの用紙を両手に一枚ずつ掲げた。芸能事務所付属の養成所の広告だ。デザインの候補は何パターンか出たが、結局二つにまで絞った。俺の中では決まっていたが、デザイナーと意見がわかれてしまった。 「俺なら右ですね。コピーも効いてて、デザインも目を惹く」  瀬名の言葉に俺はニンマリと笑う。瀬名が選んだのは俺が推していた方の広告だ。 「サンキュ」  瀬名に礼を伝えて席を立った。向かうのはデザイナーブースだ。今回の案件を担当しているデザイナーは少し頑固だ。一緒に組むのは初めてではないので、慣れてるとはいえ揉めなかった例がない。相手の意見を頭ごなしに否定する事は絶対にしないが、自分の意見を曲げる気もない。  一つのプロジェクトが始動して終わりを迎えるまでに立ちはだかる障壁は山程ある。社内で揉める事もあれば、外注業者に苛立つ事もクライアントの無茶な要求に叫び散らしたい事だってある。他にも納期や予算など、頭を抱える問題は言い出したら切りがない。残業や休日出勤の連続にもう辞めてしまいたいと何度思ったか。それでもやり遂げた時のチームの一体感。実生活で自分の携わった広告を目にした瞬間の、誇らしいような照れ臭いような、なんとも言えない気分。あの瞬間に今まで苦しかった記憶が吹き飛んでしまう。ああ、またやりたい。そう思ってしまう。  とにかく後悔が残るようなものにはしたくない。手にした広告をもう一度眺めて、エレベーターホールのボタンを押した。
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