第1章

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 以前から憤りを感じていた事がある。自殺する奴は何故もっと死に方を考えないのか。どうして屋上から飛び降りたり、線路に飛び込んだりするのかと。自分の勝手で死ぬのなら、極力人に迷惑を掛けない方法を選ぶべきだ。電車の飛び込みなんて、一体どれだけの人間に被害が及ぶと思っているのか。ストップしたダイヤで鉄道会社が被る損害は億単位だ。それで足止めを食らった人間にどれだけの迷惑が掛かるのか。そして、なんの罪もない運転手や後片付けをしなきゃならない職員にトラウマを作る事になる。 「……だから、悠木さんは山奥で割腹自殺を図ると?」  目の前の男がきょとんとした顔でそう言った。俺は何も答えず睨み付ける。 「切腹って相当痛いらしいですよ。すぐにショック死できたらいいですけど、そうじゃなかった場合は、こう……ぐーっと自力で傷口拡げないとなかなか死ねないって」  手刀を作って自分の腹の前で真一文字に動かしてみせる。何故この男はそんな事を知っているのか。 「でも激痛で動かすどころの話じゃないらしいですけどね」  付け足された言葉に思わず想像してしまい、胃腸の辺りが疼いた。  不規則に揺れる車両。流れるのどかな風景は、今の会話の内容にまったくそぐわない。そもそも大の男が二人して、人もまばらな電車に揺られ、田園風景に囲まれているこの状況。極めつけは、二人して着ているのは、会社用のスーツだという事。ネクタイこそ外してはいるが、場違いを通り越して……いっそシュールだ。  電車の行き先は知らない。今が何県なのかももうよくわからない。  事の発端は昨夜、俺が四年も付き合った彼女に振られた事から始まる。朝まで飲み明かした挙句、死んでやると宣言して始発の電車に飛び乗った。行き先はどこでもよかった。  目の前にいる男は、俺が自殺宣言をした場に居合わせた相手だ。もちろん見ず知らずの他人ではない。綺麗に整った横顔が、鼻歌でも歌い出しそうな表情で窓の向こうを眺めている。隣の空席には途中の駅で購入した弁当やペットボトルが置いてあった。完璧な旅行気分だ。俺の記憶が確かならば、今、俺とこいつの間に流れる空気はもっと険悪なものである筈だ。それなのにこいつの態度ときたらどうだろう。  俺が、この瀬名和紀と出会ったのはちょうど一年前の春。二十五の誕生日を迎えたばかりの頃だった。
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