第1章

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 気だるい気分で迎えた月曜日の朝。けたたましく鳴り響いた携帯のアラーム音から始まり、通勤ラッシュで揉みくちゃにされれば、憂鬱な気持ちは加速度を上げて増長していく。  会社に辿り着いたのは、始業の三分前だった。タイムカードを切り、満員電車でよれよれになったスプリングコートをハンガーに掛けると、座る暇なく毎朝の朝礼が始まった。俺は欠伸を噛み殺しながらフロアを見渡す。  入社して四年目を迎えた楠木企画は、各種広告の代理業務を主とする会社だ。広告掲載希望の企業とメディア間の仲介や広告制作、キャンペーンやイベントのトータルプロデュースまで行う。従業員百名程の業界の中ではさほど大きくない会社だが、経営は順調で仕事に追われる目まぐるしい毎日を送っている。  俺の所属する第二営業部は、新年度を迎えて多少様変わりしていた。先週まで俺のデスクの隣にいた同期の林は転職してもういないし、使えないクソチーフはめでたい事に今日付けで異動になった。  連絡事項の伝達のあと、ブースの隅で待機していた見知らぬ顔が、部長のデスクの前へ来るように促される。真新しいスーツに身を包んだ男女。視線が集中すると、女の方はたじろぐような仕草を見せたが、男の方は無表情だ。ネイビーのスーツに青いストライプ柄のネクタイ。明る過ぎない茶髪を適度に流した髪型も清潔感があった。 「本日よりお世話になります、瀬名和紀です」  取り澄ましていた顔が柔和な笑みを浮かべると、女性陣があからさまに色めき立って、片頬がひくりと引きつるのを感じた。その光景はこれから俺の身に降り掛かるであろう災難を容易に想像できて、ただでさえ鬱々としていた気分が更に膨張していく。
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