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朝礼が終ると、営業アシスタントの女性に案内され、『瀬名和紀』は空席になっていた俺の隣へとやってくる。「それじゃあ悠木くん、あとはよろしく」と俺に言い残して彼女は去っていった。隣の男と目が合う。
「お世話になります、瀬名です」
「さっき聞いたっつーの」
そつなく挨拶してきた瀬名に噛み付くと、その笑みが消える。
「……お前の研修担当の悠木」
ぶっきらぼうに自己紹介をすると、瀬名は笑って「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。野郎相手にそこまで愛想を振り撒かなくてもいいだろうに。しかし営業は愛嬌が命。ないよりある方がいいに越した事はない。
「あぁ」
短く返事をすると、瀬名は隣のデスクに座った。
こうして、俺と瀬名の関係は始まった。雑誌の中のモデルがそのまま抜け出してきたような瀬名の容姿。それを目にした瞬間によぎった懸念は杞憂で終わってくれる筈もなく、すぐさま弊害は俺に直撃した。
「瀬名くんって彼女いるの?」
喫煙室へ行った帰りに、総務部の女子社員に呼び止められた。「ちょっと来て」と給湯室へ連れて行かれたと思えば、案の定瀬名についての話だった。
瀬名が入社して一週間。もう何度目かもわからない質問に、「いい加減にしてくれ」という言葉をどうにか飲み込んだ。
「さあ? 本人に訊いてみればいいんじゃないスか?」
「それができないから悠木くんに訊いてるんじゃなーい」
女というものは対象物のグレードが高ければ高い程、互いを牽制しあって行動に移せない……のだそうだ。昨日同じ質問に来た同期が言うにはそういう事らしい。だからこうして裏でこそこそと情報を集めて回る。……男の俺にはさっぱりわからないが。
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