第4章

11/11
1189人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
 俺は覚悟を決めて瀬名を呼び出した筈だった。訊きたい事があった。伝えたい事もあった。自分の気持ちなのに、ちっとも思ったように操れない。……怖くて仕方ない。コントロールできない感情も、どうなってしまうのかわからない自分も、瀬名との関係も。 「お前に何がわかんだよ! 勝手な事ばっか言いやがって!」  自分の本心を暴かれ突きつけられても、捻くれた口先はまだ悪あがきをしてみせた。 「フラれてショックだって泣き叫べばいいか? 死にたいって嘆いて見せれば満足かよ?」 『本当はそんな事思っていないでしょう?』  瀬名の雄弁な瞳が静かにそう言った。すべてを見透かされているんだと感じた。視線に追い詰められる。 「……わかった、死んでやる」 「……は?」  瀬名が呆気にとられたような声を上げた。 「ちょっと……悠木さん!」  瀬名の制止を無視して立ち上がると会計に向かう。店を出ると空が白み始めていた。何度も二人で歩いた道のりを、俺は無言でずんずん歩いた。後ろからは瀬名がついてくる。 「どこへ行くんですか?」  俺は瀬名の問いには答えなかった。  瀬名の言葉に逆上して、勢いで「死んでやる」と口にした訳ではなかった。だからと言って、本当に死を選ぶつもりは毛頭ない。 美奈子との恋愛が、瀬名の言う『失えば死にたくなるような』ものではなかったと瀬名に認めてしまえば、もう後戻りする事はできないと思った。そうなれば次は、頭も胸の中も占拠して、持て余す程の激情の正体を暴かれ晒されるのだ。……俺はそれに怯えた。 「死ぬって……本気ですか?」  人の姿がまばらな夜明けの道に瀬名の問いが落ちる。 「……四年も付き合ってた彼女にフラれた。自殺の要因としては充分じゃねえか」  淡々とした声で答えながら……俺は今度こそ覚悟を決めた。駅に着くと、あと十分もしないうちに始発がくるところだった。間もなく到着した電車に、俺は迷う事なく飛び乗った。 こうしてスーツ姿のサラリーマン二人の珍道中は幕を開けたのだった。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!