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「……えっと、すみません?」
訳がわからないまま俺の怒りだけは察知した瀬名が、語尾上がりの謝罪をする。
瀬名には彼女がいる。その事実を社内に広めれば、かわるがわる俺の元に押し寄せてくる女子も打ち止めだろうと思ったのに、肝心のその事実が存在していなかったというオチだった。
「別れたばかりなんです。そういう悠木さんはいらっしゃるんですか?」
「……あー、一応」
こっちから唐突にその手の話を振った手前、答えない訳にはいかず簡潔に答える。同時に一ヶ月以上顔を見ていない恋人の顔を思い浮かべた。大学卒業間際に告白されて、それから三年以上ずるずる付き合い続けている。
「なに?」
微かに笑みを浮かべた瀬名がじっと見ているのに気付いて、俺は軽く睨んだ。
「いや、悠木さんとプライベートの話をするのは初めてだなと思って」
「あ? まあ、そうだな」
さして興味もない風に呟いて、食べ掛けの蕎麦を啜った。営業という仕事柄、人付き合いが苦手とは言わないが、プライベートをあれこれ詮索されるのは好きじゃない。これをきっかけに根掘り葉掘り訊いてこられたら面倒だ。しかしそんな俺の心配はよそに、瀬名はあっさりと話題を変えた。
「ここの蕎麦美味しいですね」
少々拍子抜けしながら適当に相槌を打つと、それ以降はお互い口を開かず無言で箸を動かした。
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