第1章

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「新人が入ったので竹下さんにご挨拶させて頂こうと思いまして」 「まあ。あの可愛かった悠木くんもすっかり先輩なのね」  感慨深げに呟かれて、「勘弁して下さい」と笑って答えた。会話が完全に止まるまで一歩後ろで控えていた瀬名は、ちょうどいいタイミングで俺に並んだ。 「初めまして。今月から悠木さんの下で勉強させて頂いてます、瀬名和紀と申します。どうぞよろしくお願い致します」  爽やかな笑顔で綺麗に腰を折り、名刺を差し出した。 「悠木くんも随分イケメンさんだと思ったけど、今度は王子様みたいな子が入ったのねぇ」  竹下さんは頬に手を当てて、呆けたように瀬名の顔を眺めた。 「これ、お口に合うかわかりませんが、差し入れです」  瀬名は完璧な笑顔を崩さないまま、手提げ袋を手渡した。途端、竹下さんの顔がぱっと明るくなる。 「これってもしかして隣駅のお店のフルーツロール?」  瀬名が頷くのと同時に、竹下さんは黄色い声を上げた。 「これずっと食べたかったの~! 一日限定五十個でしょう? 帰りに寄った時にはいつも売り切れてたのよ~」  外袋だけで中身がわかってしまうとは、女性の甘い物に対しての執着心は侮れない。 「どうもありがとう」 「いいえ。それに竹下さんは甘い物がお好きだと教えてくれたのは悠木さんですから」  ちらりと俺を見遣った瀬名に、「そんな事言わなくていい」と目線で送った。変に小細工をしたと思われるかもしれない。しかしそんな俺の心配をよそに、竹下さんは感心した風に改めて瀬名をまじまじと見つめた。どうやら瀬名の言動は、『控え目で先輩を立てる好青年』と、いい方に解釈された様子だ。 「悠木くん、ありがとう。相変わらず気が利くんだから~」  瀬名に見惚れていた竹下さんは、はっと我に返り取って付けたように俺に礼を言った。  俺はすかさず、すっかりご機嫌モードの竹下さんに鞄から取り出した書類を差し出す。
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