第1章

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「もうすぐ一店舗目のオープン十周年ですよね? もしよろしければ晴々しい節目の催しをお手伝いさせて頂けないかと色々考えてみました」  竹下さんはロールケーキの入った袋を大切そうにカウンターに置くと、手渡した企画書に目を通した。仕事となると竹下さんの目付きが一瞬で変わる。 「このノベルティいいわねぇ。限定のショッパーのデザイン案もすごく素敵じゃない」  竹下さんは、お店のロゴをトランプの絵柄風にデザインした図案を指差す。 「是非お願いするわ」  竹下さんが満面の笑みで頷くと、ほっと肩の力が抜けた。表面上なんて事もない顔を張り付かせているが、自分の企画をクライアントに見せる時はいつも緊張で落ち着かない。 「でも条件があるわ」  安堵の息を吐いたのも束の間、竹下さんはぴっと人差し指を立てた。 「担当は瀬名くんにお願いしたいの」  途端、俺と瀬名は顔を見合わせた。 「悠木くんの初めても私が頂いちゃったし、どうせならここは貴重な瀬名くんの初めても貰っておこうかと思って」  企画書で口元を隠し、竹下さんは悪戯っぽい視線を寄越した。 「よし、瀬名。竹下さんに男にしてもらえ」  竹下さんの際どい冗談に便乗して、ぽんと瀬名の肩を叩いた。まだ研修中だが企画書もできている状態だし、わからない部分は俺がフォローすればいい。習うより慣れろだ。瀬名が視線だけで「いいんですか?」と問い掛けてきたので、それに軽く頷く。 「初めてが美しいお姉様で光栄です。勉強不足でご迷惑をお掛けする事があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します」  瀬名もきっちり流れに乗っかって、今までとは違う妖しい雰囲気で竹下さんに笑い掛ける。頬を赤らめる彼女を見て、これはとんだ食わせ者が入った、と頼もしいような怖いような不思議な気分になっていた。
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