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君はヴィーナス
一日め。
人間の娘の姿になったアマンダはお城のプライベートビーチで王子を待ち伏せ、朝の散歩にやって来た彼と再会を果たした。
海難事故に遭って打ち上げられた人間のように波打ち際に横たわって、王子が通りかかるのをじっと待っていたのだ。
「君、どうしたんだい? 大丈夫?」
「ん……、ここはどこ? あなたはどなた?」
「ここは国王陛下のプライベートビーチ。そして僕は第一王子のルーカスだよ。もしかして、君はヴィーナス?」
ルーカス王子はアマンダの姿を眩しそうに見ている。
ホタテブラとワカメパンティしか身に着けていないセクシースタイルなのでつかみはOK!
「いいえ、私は人間の娘です。名はアマンダと申します。実は、足が痛くて歩けません。歩こうとすると、ナイフでえぐられるようにとっても痛むんです」
アマンダはつらそうに涙ぐんだ。
「可哀想に……。ナイフでえぐられるように痛むんなら、歩けないのは無理もないね」
歩けないアマンダを気の毒に思ったルーカス王子は、彼女をお姫さまだっこしてお城に連れて帰ることに。
「両腕を僕の首に回してつかまって」
「はい……」
「よいしょっと」
「王子さまは力持ちでらっしゃるのね。私を軽々と持ち上げられるなんて」
「レディを抱き上げるくらい、造作ないことさ。レディを守るのは男の役目だからね」
「逞しい……。素敵です」
抱き上げられたアマンダが、王子の肩にうっとりと頭を持たせかけると、瞼を閉じた彼女の顔がルーカスの至近距離に迫る。
――美しい……。安心し切ったなんと無防備な顔だろうか。伏せられた瞼を縁取る長いまつ毛、形の良い高い鼻、貴族的な涙型の鼻の穴、血色の良いふっくらとしたみずみずしい唇……。
少し顔を近づけるだけでキスすることもできる。だけどこんな純真な娘の唇を奪ってしまうわけにはいかない。信用を裏切るわけにはいかない。だけど、ああ、なんて悩ましい状況だろう――
お城に到着すると、王子は侍従長に命じてドレスや車イスを用意してくれた。初めて着る人間のドレス!
裾が長くてひらひらしているから、歩くことができればもっと素敵だろう。
でも車イスを使えば、どこへでも行きたい所へ移動することができるのだから、ずいぶん助かった。
歩けるようになるまではしばらくの我慢が必要だ。魔女グロリアと約束した例の物を手に入れるまでは……。
アマンダはその声で生き生きと語り、その声で優しく囁き、その声でほがらかに笑い、自分の魅力を最大限に活用して王子を虜にした。
そこで満を持してアマンダは昼下がりにカミングアウト。
「私はかつて、人魚でした」
「なんだって !? そうか……。君はヴィーナスじゃなくて、人魚だったんだね!」
「私の歌声が原因で、王子さまの船が座礁してしまいました。ごめんなさい。謝りたくてやってきました」
「あ! あれ君だったの? この世のものとは思えない綺麗な歌声だったよ。悪意があってしたことではないし、みんな無事だったんだから無問題!
それに、僕が水夫たちに命令したんだよ?『あの声のするほうへ!』って。それで水夫たちが船を暗礁の方へ漕いじゃったんだ。だから、船が座礁したのは君のせいじゃないんだ。気に病む必要なんてないよ」
「それを聞いて安心しました」
アマンダがキュートな笑顔で微笑むと、ルーカス王子はとろけるような笑顔になった。
「あのとき、海に沈んだ王子さまを海中でキャッチして岩場まで運んで、息を吹き返したあなたとみつめ合ったときから、あなたのことが忘れられなくなりました」
「あれは君だったんだね! 今朝会ったときから、君とはどこかで会ったような気がしてたんだよ。
難破した僕たちを助けてくれた隣国の姫の顔と、僕が気がついたときに最初に見た女の子の顔は違うと思っていたんだ。
あのとき、僕を助けてくれたのは君だったんだね! ありがとう、アマンダ! やっと会えた!」
「あなたに恋をしてしまったから、どうしてももう一度会いたくて、海の民の国の家族とは永遠の別れをしてきました。人間になったらもう二度と、海の民の国には戻れないから……」
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