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 しかし何故だろう。増原さんの顔には疲労感など感じられなかった。血色が良い。顔色も良い。 「ほら、金なら持ってきた。増原さんを返してもらおうか」  俺はボストンバッグを差し出した。この金の出資者は、この人の元夫の今井さんだ。  途端、山田さんの顔色がサッと変わった。ナイフを増原さんに突き付ける。 「あんた、白バイだったんだ。その制服」  山田さんという女は、俺が白バイ隊員である事に何故か違和感を感じたようだ。普通の警察官だと思っていたのだろうか。 「それがどうした」 「私はてっきり、交番勤務とか交通課のお巡りさんだと、思ってたわ。だってこの子の口から、お巡りさんとしか聞いてなかったから」  ナイフを、増原さんの頬に突き付けたまま、山田さんは答える。  背後で蓮人君が青ざめていた。 「母さん、お願いやめて」  少年らしい怯えで、声がわなないていた。自分の母親が誘拐犯なんて本当に恥ずかしいだろう。 「あんた、やめな。息子さんの事を考えてあげなよ、こんな事して、何になる?」
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